諏訪園創業はなんと1862年(文久2年)というからびっくり。将軍は14代徳川家茂、薩摩・長州・土佐藩の幕末の獅子達が動き始めた時代。大正時代大火によって建て直しはしたものの、ずっとぶらくり丁で商売を続けてきた。
もともとお茶の歴史は古い。中国から煎じ茶が伝えられたのが8世紀と言われている。その後も中国から色んなお茶が持ちこまれ、戦国時代には日本独特のお茶文化が生まれた。歴史の時間に習う「千利休」登場は16世紀のお話。
江戸時代には宇治から「お茶つぼ道中」も行われたほど、大切に扱われた。お茶の習慣は日本中に広まったが、あくまで一般庶民は自家製のお茶を飲み、今のように茶葉をお店で買うようになったのはずっと後のこと。諏訪園開店時に扱っていたのも「日本茶」より「抹茶」が中心だった。
貴族・武家は茶道を会得しており(紀州藩は「表千家」)、ぶらくり丁に近い色町の芸者さんも芸の一つに茶道を習っていたという。
「大正生まれの父が小学生の時はまだ『お茶ひきさん』という専門の職人さんがいて、石臼でひいた抹茶を量り売り(単位は匁=もんめ)していたそうですよ。お客さんは持参の茶筒に10匁(33g)を買って帰るというようなほのぼのした商売。そうそう、お茶は薬の一つだと考えられていて、うちも漢方薬と一緒に取り扱っていたようです」と永原さん。「子どもの頃から身近にあったものだけど、お茶の歴史を調べていると道具一つにしても深くて面白いんですよね」と店に置かれた茶壷、茶器、茶高炉を見ながら話してくれた。 |